私にはこの像に対してよい印象がない


ただ、信仰心がないだけなのか、




それとも、








苦い思い出があるからなのか

 





罰当たりな私は彼女に向けて銃のように曲げた手でその顔を撃ったことすらある


みんな、純粋な無垢の乙女達は彼女に朝と夕方必ず手を合わせるというのに

 









私はあなたが嫌いです


リリアンを見守っているんじゃなくて、

見張っているようにそびえ立つあなたが嫌いです



聖なる乙女、マリア様

 

 

 



“Maria image

 

 

 

 

「どうしたの?サトーさん」

 



ふと、ボーッとしている私に気付いたカトーさんが声をかけてきた

そして私の目線の先にある物に気付いて数歩先に行ってた彼女は戻ってきて私の隣に立った






 

「ああ、マリア様ね」

「………」


彼女はマリア像の前で手を合わせる2人の高校生を見て、フフッと微笑んだ




「何笑ってるのさ」

「いいえ、ね。あんな素直に手を合わせて信仰できる彼女達が羨ましくて」


「…うん」



怪訝そうに顔をしかめた私にそう答えた眼鏡の女の人に、ただ相槌しかできなかった

 

 








 





栞、



今、あなたはあの子達と同じようにマリア様に手を合わせている?

 

 

 


しばらくして、私は頭を横に振った




よそう、こんなことを考えてると本当に気分が滅入ってしまう


そしたらまた、あの勘のいい恋人に気付かれてしまう

 

 

 

 




「あら、聖?」

 

 




 






噂をすればなんとやら



マリア像の両脇に伸びている道から彼女は降りてくる


その後ろには…なんというか

 







「カルガモの親子……」

 





はい?というように顔をしかめた蓉子の後ろには現在の薔薇の館の住人達が揃いも揃ってついて来てた

そのことに気付いたカトーさんがプッと拭きだしたのを私は聞き逃さなかった



 

私は悪戯をした子供のようにニヤリと笑ってみせて、






「ぃやほ〜、祐巳ちゃんっ♪」







蓉子の後ろにいたリボンで髪を二つに分けてる子にお決まりの抱きつき魔を演じた







「ぎゃうっ!?」



くす、怪獣の子供健在












「せっ、聖さまっどうしてこちらに!?」





「リリアン大学なんだから当然でしょ、祐巳さん」




「あ、そうか」






ツッこむ前に説明をしてくれた、懐かしい顔ぶれの一つ、由乃ちゃん




「あっ、ひっど〜い、私の通っている大学をご存じなかったの祐巳ちゃん、
 卒業した後も祐巳ちゃんの側にいたくて選んだのにぃ、よよよよ」





フリではあるが泣き崩れてみせると案の定可愛い祐巳ちゃんは面白い反応をくれた






「よよよよ………って何言ってんですかっ!!」

おお、ノリツッコミ



そんな器用なことができるなんて知らなかった


知らないうちに成長してたのね

 






蓉子とカトーさんが呆れ顔で私達を見てた

マリア様も見てた




「私もいるって知ってらしての抱きつく行動ですかしら?」




出た出た、ヒステリックで独占心が強い祥子




「いやぁ〜、祥子がいなかったらもっとすごいことしちゃうって」



「なっ…!!」





「お久しぶりです、聖さま」



祥子のヒステリーが出る前にそれを制するように令が挨拶をしてきた




「ん〜、お久〜」

 




そして一人居心地が悪そうな眼鏡さんに気付いて、私は彼女を皆の前に押した



「祐巳ちゃんと蓉子以外は初対面だよね、彼女、私の大学部での友達、カトーさん」



「サトーさんの知り合いの、加藤 景です」



知り合いの、というところを無駄に強調して自己紹介をした彼女を尻目に、


もう幾度無く返って来たセリフを皆から出るのを待つ

 






「…どこかで聞いた名前……」



そら、来た


由乃ちゃんが頭を傾げてつぶやいた

 



蓉子と祐巳ちゃん、そしてカトーさんが苦笑いを漏らす


 


「はい、私の名前は何でしょう?」



クイズ番組のように質問をしてみると、きょとんとした顔で薔薇の住人達は顔を見合わす



「何って……、佐藤 聖…さまでしょう」

「はい、正解。ではこちらは?」

「…加藤 景さん」






「ああぁっ!サトーさんとカトーさん!?」


ちなみに私の質問に答えたのは祥子
そして最後のが由乃ちゃん



令は一人でああ!というように納得していた




 


「ね、コンビ組めるよね、ここで。サトーでぇす♪」


「カトーでぇす♪って別にあなたと組みたくないんだけど」




ここで少し笑いが起きた




カトーさんの「カトーでぇす♪以下省略」がウケたらしい

むむ、おいしいところをとられたか

 





「ところで蓉子、こんなトコでみんなと何やってんの?」



「え?」


「また薔薇の住人に戻るために学園長に頼みにでも来たの?」


「何言ってんのよ、大体頼んだところで高校生に戻れたらおかしいじゃない」


「そお?」


「あのっ、蓉子さまは差し入れをしてくださったんです」


また違うコンビで漫才(周りから見れば)が始まりそうなのを感じ取った祐巳ちゃんが本題の答えを教えてくれた

 






「へぇ、差し入れ…。そんな事朝は言ってなかったじゃない」

「あなたが寝坊して慌てて大学行ったから言う暇もなかったのよ」

「あ、そ。差し入れって何?」

「クッキーと紅茶の葉」

「えぇっ、クッキー作ったの?ずる〜ぃ、私も食べたかったのにさぁ」

「まだ家にあるわよ、そう言うと思って」

「ホント!さすがよぉこ、気が利くぅ♪」

 






 



「あの〜」




 

「「はい?」」

 

 




「仲が良いのはよかれと、TPOについてもう一度考えてくださりませんか?」


気が強く、例え上級生相手でもひるまない由乃ちゃんの忠告に蓉子はごめんなさいねと含み笑いをした




「ああ、そっかそっかごめんね、ほったらかしちゃって。由乃ちゃん、構ってほしいならそうと言ってよ」





そう言いながら由乃ちゃんに正面から抱きつくと、令のああっ!と先程とは違う感じの声が聞こえた




「「やめなさい」」



蓉子とカトーさんの最強二人組による引き剥がし




首根っこを捕らえられて後方に引っ張られればあっという間にベリッと剥がされた






「ちぇ〜。たまには由乃ちゃんで遊びたかったのにぃ」

「遊びっっ!?」

「あ、なんなら令でもいいよ」

「ええっっ!?」

 





「…令ちゃ、お姉さま、絶叫しすぎ。仮にも黄薔薇さまとあろうものが……」


「うぅ…」


「ヘタレ令ちゃんも健在だね」

ニヤニヤして二人を見ながら言うと、我関せず。ひとつ伸びをした






「じゃあ私ちょっと寄るところがあるから皆、ごきげんよう」

 







久しぶりに発したリリアン特有のあいさつを皆にわざと大げさに振舞ってみせると、

カトーさんにバイバイと告げてその場を離れる





「ちょっ、聖!?」





後ろから蓉子の声がしたけれどそんな気分じゃなかったから

返事もしなかった



振り返りもしなかった


 






そしてその足はマリア像から遠ざかり



ある場所へと近づく

 

 

 

 


向かったお御堂


鍵がかかってないのを確認してそっとドアを開けた



ギィィとその古さを物語っているような音


コツコツ・・・と足音が広いお御堂に響き、それすら心地の良いBGMに感じ取られる


 




別に





栞のことを思い出したからここへ再び訪れたわけじゃない





マリア様に懺悔するために訪れたのでもない



 





「お久しぶり」

まるで友



まるで友達かのように手をあげてひらひらと挨拶してみせると



2年前までは特等席だったあの長椅子へと足を運ばせた




そしてあの頃と同じように横になって天井を見上げる









変わらない


何も変わってなかった

天井の染みや椅子の軋み具合も

 




ただ変わったのは










そして








 






マリアさまはあの頃と変わらない笑顔で見下ろしているけれど



私は変わった

 

 



そっと目を閉じるとあの時のことが浮かんだ




 

 

 

 

 

 

そして意識が遠くなり、最後に見えたのは黒い髪の同級生だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 








 


靴音なんかよりも心地よい声が聞こえる


これも夢かなと思ったら頬にリアルな感触を感じた





「あれ、蓉子…」








「おはよう、聖」






 


目の前には意識が遠くなる前に見えた同級生の、そして恋人の顔があった



「どうしたの?」



蓉子の親指が私の目の下をさする


気付かないうちに泣いていたらしい

 




「………ううん、なんでもない」

 

 




 




そう


私には

 

 






蓉子がいる

 

 





 

 

江利子もいて山百合会の皆もいる

 

 

 

 





 

もう怖くなんかない

 

 



あの頃感じていたあなたへの恐怖はもうない

 

 

 

 






変わったのは時とそして心



私のあなたへの恐怖心

 

 






それは目の前の自分を見下ろしてくれている優しげな笑みをした恋人が拭ってくれた




マリア様、バチあたりかもしれないけれど









 



私には


あなたより彼女の方がマリア様に思えるの

 

 

 

 




そっと自分の身体を包み込むように抱き締めてくれる



そっと涙に濡れた頬に口付けを落としてくれる

 

 

 

 

 

 

 

 

 



最後にそっと、





それまでの慈しむようなものとは違う




愛を注ぎ込むかのような口付けが唇におとされた

 














 

Fin